手付かずだった空き地を菜園に活用

市場×畑は交流の変化

阪急電鉄神戸線王子公園駅の東側、水道筋界隈には多くの商店街・市場が点在します。そんな界隈の中心部にある「灘中央市場」は、大正14年に創設。細い通路の両側には食品や服飾雑貨を扱う店舗が連なる伝統的な市場です。プロの料理人が仕入れる食材店なども多く、近隣住民から長きにわたって慕われてきました。

しかし、こうした商店街・市場を取り巻く環境は厳しいです。「灘中央市場」も例外ではありません。シャッターがしまったままの店舗が多くなってきました。完全な空き家は10 店舗ほどだというものの、営業していない店舗は実に7割程度にも及ぶそうです。

そんな“シャッター街” と化しつつある市場の一角にあった空き地を舞台に、地域住民の交流や市場の活性化を目指したユニークな挑戦が始まっています。題して“いちばたけプロジェクト”。空き地を菜園に変え、人の往来と交流に変化を巻き起そう、という取り組みです。

上手に行政の支援を活用

市場のなかにある畑だから“いちばたけ”。この取り組みは、神戸市役所の佐藤直雅さんの熱意に端を発しました。建築職として密集市街地の改善や住環境向上に向けたまちづくりを担当（現在は別部署へ異動）していた佐藤さんは、仕事で灘中央市場にかかわったことがきっかけで、その魅力とポテンシャルに惹きつけられたとのこと。

「仕事だけではなく、プライベートでもワクワクすることをしてこのまちに関わりたい」との思いから、2019年4月には現地に移住。同月には、職場の会合で知り合った丸山公也さんと「チームカルタス」を結成し、構想の具体化に着手しました。

テーマは、街の中でも体験できる「食」と「農」。丸山さんは市役所の農業職であり、このテーマを実現する上では最良のパートナーです。

さらに強力な後押しがありました。神戸市は空き家、空き地の活用などに熱心な取り組みを見せています。いちばたけの整備にかかる費用は、「神戸市空き家・空き地地域利用応援制度（以下「応援制度」）」を活用しプロジェクトを推進しました。

また、応援制度の一環として、アドバイザー派遣制度を活用しました。元々、この地域にまちづくりやコミュニティづくりで関わっていた坂本友里恵さんは、佐藤さん、丸山さん二人の想いに賛同し、まちづくり専門家として加わり、畑の整備計画を担当。単に派遣された立場にとどまらず、企画づくりの専門家としてプロジェクトにかかわってきました。4月にチームを立ち上げ、その数か月後には収穫が始まりました。この驚くべきスピード実現は、まさにこの3人による協働のたまものといえます。

目的は“交流”や“活性化”

３人が目指したのは、空き地を畑に変えることではありません。“いちばたけ”を契機とした現地の“交流”や“活性化”です。

“いちばたけ”で採れた野菜を近隣住民におすそ分けすることで積極的にコミュニケーションをとったり、イベント参加者には灘中央市場内にある青果店の存在を知らせ、帰りに立ち寄ってもらえるようにする、といった活性化にも取り組んでいます。

「中でも地域に住む30~40歳代の小さな子供がいる親御さんたちを巻き込むことで、SNSなどを通じた口コミが広がり、認知度やイベントの集客力が高まった」(坂本さん)。

「神戸ならではの珍しい野菜を栽培し、実際に育つ野菜を見て興味を持ってもらい、それらを扱う青果店を案内するなど、市場につながるきっかけ作りに取り組んでいる」(丸山さん)

「イベントがきっかけで、初めて灘中央市場に来たという人もではじめている」(佐藤さん)

空き地から生まれた小さなコミュニティー農園“いちばたけ”は、この歴史のある商店街に新風を吹き込みつつあります。

最も大事なのは“運営”

“いちばたけ”はまもなく３年目を迎えます。今後の課題や展望について、坂本さんが語ります。

「空き地でも店舗でも、コミュニティーの核となる場を作る、ということには意味がある。今回は、補助金などを活用しながらそれが実現できた。こうした“場”を本来の目的である、交流の拡大や活性化につながるように運営していくことが最も大事なことだ」

3人の挑戦はこれからが本番。と同時に、3人はこうした挑戦に取り組む人が増えたらいいとも感じています。

「地域でこんなことをやってみたい、という気持ちが湧いてきたら、ぜひ神戸市の住まいに関する窓口“すまいるネット”に相談してほしい」と佐藤さん。

市民を巻き込んだ地域の活性化に取り組む神戸市にとっても、加速したいムーブメントといえそうです。